Destiny's Child

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BIOGRAPHY
1998:「ノー、ノー、ノー」で鮮烈なデビュー アメリカ、テキサス州ヒューストン出身の4人組、ビヨンセ/ケリー/ラトーヤ/ラターヴィアという幼馴染みで結成されたデスティニーズ・チャイルド。92年にオーディション番組に登場したところその飛びぬけた才能が評判となり、米コロンビアと契約。『メン・イン・ブラック』のサントラに楽曲を提供した後、97年にリリースしたデビュー曲「ノー・ノー・ノー パート2」がいきなりの大ヒット。翌98年に発売されたデビュー・アルバム『デスティニーズ・チャイルド』では、16歳とは思えない色香とつやのある完成されたコーラス・ワークを披露。見事プラチナ・アルバムに輝き、順調なスタートを切った。 1999:ヒット曲満載、時代を先取りしたセカンド・アルバム 明けて99年7月にセカンド・アルバム『ライティングズ・オン・ザ・ウォール』を発表。今をときめくシェイクスピア、ロドニー・ジャーキンス、ティンバランド等の豪華プロデューサー陣を迎えながら、鮮烈なヴォーカル・スタイルと斬新なサウンドを打ち出した作品となった。アルバムからのファースト・シングル「ビルズ・ビルズ・ビルズ」は、瞬く間にシングル・チャートで1位を獲得(R&Bチャート9週連続1位)、アルバムも発売週に6位に飛び込んだ。続く「バガブー」もR&Bチャート1位を記録。まさに成功の階段を着実に登っている最中、ラターヴィアとラトーヤの二人が突然グループから脱退、新たにミッシェルとファラの2人が新たに加わった。アルバムは1,000万枚を超す大ヒットとなった。 2000:メンバー・チェンジで更にパワーアップした「インディペンデント・ウーマン」たち そんなメンバー・チェンジも彼女達の成功には全く影響を及ぼすことはなく、サード・シングル「セイ・マイ・ネーム」はポップ/R&B両シングル・チャートで1位となり、その年を代表する大ヒット曲に。ビヨンセ自らがプロデュースした続く「ジャンピン・ジャンピン」もR&Bチャート1位を獲得。しかし2000年7月、加わったばかりのファラがやはり脱退、3人で新生デスティニーズ・チャイルドとしてのスタートを切ることになる。その後も快進撃は続き、映画『チャーリーズ・エンジェル』主題歌「インディペンデント・ウーマン パート1」がシングル・チャートで11週連続1位という記録を打ち立てる(ギネスブックに掲載)!2001年はグラミー賞2冠達成を始め、数々の主要音楽賞制覇、『ライティングズ~』の全世界でのセールスが1,100万枚を越え、全世界ナンバー1の女性グループとしての地位を確立。 2001:世界のトップに立った「サヴァイヴァー」 そして2001年4月、期待のサード・アルバム『サヴァイヴァー』を発売。予想を上回る爆発的なセールスでのスタートで、アメリカ、イギリスを始め10カ国以上でアルバム・チャート1位を獲得。先行シングル「サヴァイヴァー」(全米シングル・チャート2位)、続く「ブーティリシャス」(全米シングル・チャート1位)、「エモーション」とリリースする全てのシングルが大ヒット、ここ日本でも50万枚を突破するビッグ・ヒットになった。休む間もなく10月にはデスチャ初のクリスマス・アルバム『8デイズ・オブ・クリスマス』をリリース。U2のボノが音頭をとったオールスター・チャリティ・シングル「ホワッツ・ゴーイン・オン」にも参加。まさに2001年を代表するアーティストとして強烈に印象付けた。 2002~2003:ワールド・ツアーでデスチャはいったん休止。ソロ活動開始 2002年5月には遂に日本で本格的なアリーナ公演が実現(8日@大阪城ホール、10,11日@横浜アリーナ)、その強力なパフォーマンスで合計35,000人以上の観衆をノックアウト。来日公演を含むこのワールド・ツアーを最後に、デスティニーズ・チャイルドはいったん活動を休止。ビヨンセ、ケリー、ミッシェルの3人は各々がデスチャのイメージにとらわれない、個人のパーソナリティを打ち出した音楽、演技、演劇などの幅広いソロ活動を始めた。 2004:遂にデスチャ・イヤー到来! 「グループがソロ活動を始めて各々成功を収めて、そのあとでまたグループになって成功した例ってないと思うの。だからデスティニーズ・チャイルドがその最初のグループになりたいわ。ソロ活動で3人とも成長してきたから、グループ活動は以前ほど簡単じゃないと思う。でも私たちならできると信じているわ」 (ビヨンセ)メンバー達もマーチング・ドラムでスタートするトラックを聴いた瞬間にこれは大ヒットする!と予感したシングル『ルーズ・マイ・ブレス』はここ日本でも大ヒット。アルバム『デスティニー・フルフィルド』は世界各国で700万を超える大ヒットになった。 2005:3年ぶりの来日ツアー! 更に2005年は4月からワールド・ツアー敢行中!しかもスタート地点が日本(広島)!そこからオーストラリア、ヨーロッパ、北米を回る約半年間の長いツアーとなっている。 THE DESTINY FULFILLED… AND LOVIN’ IT TOUR 2005.6.11:突然の解散宣言・・・ 現在、ヨーロッパツアー中のデスティニーズ・チャイルドがバルセロナ・コンサートでファンを驚かせる、思わぬ解散発表を行った。"Destiny Fulfilled...And Lovin' It"ツアーが今最も売れている女性ポップ・ボーカルグループ最後のライブ・パフォーマンスとなる。ケリー、ビヨンセ、ミッシェルはファンの長年にわたる愛情と応援に感謝。 「女性グループとして初めてこれだけの業績を上げられたことを誇りに思っているの。それでいながら、昔と同じように同じツアーバスに乗って同じ楽屋を使って、靴の貸し借りができる関係でいられていることも誇りに思ってるわ!」(ミッシェル) 「私たちは、女性グループとして歴史を作ることができたと思うわ。グループでデビューした後にソロ活動をして、またグループとしてアルバムを出すなんてことのできるグループが今後出てくるかどうかは分からない。それができたこと、そしてファン達がついてきてくれたことを考えると、恵まれていたと思うわ」(ケリー) 「デスチャは友情が財産。友情と才能で心に残るグループになりたいわ。自分たちで曲を書いたりプロデュースをしたりしていたし、色んな記録も作ったから。でも、今後私やデスチャのレコードが二度と売れなかったとしても、私たちは親友よ。それは誰にも止められないわ」(ビヨンセ) 最終章となる北米のファイナル・ツアーも終了。華麗な歴史の幕を下ろす。

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