都はるみは本名·北村春美、1948年京都生まれ。芸能好きだった母親の影響で幼い頃から浪曲や民謡、日本舞踊を習ううちに、歌手を目指すようになり、63年、15歳の時に出場した第14回コロムビア全国歌謡コンクールで優勝を果たす。その翌年は五木ひろしが優勝、過去にも島倉千代子、北島三郎ら、スターへの登竜門となる大会だった。そして東京オリンピック開催の年、64年3月にコロムビアから「困るのことヨ」でデビュー。同年10月に出された3枚目のシングル「アンコ椿は恋の花」が初のヒット曲となり、第6回日本レコード大賞·新人賞を受賞した。作曲は都が芸能界の父と慕った恩師·市川昭介で、以降も「涙の連絡船」(65年)や「好きになった人」(68年)などの主要作を手がけてゆく。
“うなり”を効かせた独特の力強い唱法でヒット曲を連ねてトップスターとなった都はるみが名実共に歌謡界の頂点を窮めたのは、75年12月に発売され、翌年にかけて大ヒットした「北の宿から」だ。阿久悠の作詩、小林亜星の作曲による通算68枚目のシングルはミリオンセラーを記録し、第18回日本レコード大賞と第9回日本有線大賞をダブル受賞という史上初の快挙のほか、第7回日本歌謡大賞、第5回FNS歌謡祭·グランプリなど賞レースを総ナメにした。『NHK紅白歌合戦』でも、75年の第26回、76年の第27回と2年連続で歌われ、76年は初の大トリを務めている。紅白のステージへは65年の第16回に「涙の連絡船」で初出場を果たしてから97年の第48回まで、現在までに計29回出場した。
80年代に入ってからも「大阪しぐれ」(80年)や「浪花恋しぐれ」(83年·岡千秋とのデュエット)などヒットを連ねたが、人気も実力も絶頂の84年、紅白歌合戦で涙ながらに「夫婦坂」を歌ったのを最後のステージに一時期歌手を引退。しかし87年には音楽プロデューサーとして活動を再開し、90年には6年ぶりの新曲となる「小樽運河」で歌手としても復活を遂げる。その後もジブリアニメ『おもひでぽろぽろ』の主題歌「愛は花、君はその種子」(91年)、紅白の大トリで歌われた「古都逍遥」(94年)といった傑作が生まれた。2024年にはデビュー60周年を迎えた。
…もっと見る