河島英五

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BIOGRAPHY
高校時代からフォークに魅せられバスケット仲間4人でフォークグループ「ホモサピエンス」を結成。リーダーとして歌い始める。 1975年4月「何かいいことないかな」でワーナーパイオニアよりレコードデビュー、同年6月ファーストアルバム 「人類」リリース。河島英五とホモサピエンスは全国ツアー後、セカンドアルバム 「運命」を残し解散。ソロになった河島英五は京都「拾得」「磔々」を皮切りに全国のライヴハウスでの活動を精力的に展開。圧倒的なパワーによるライブが各地で話題を呼び、同時に1stアルバムの中の1曲「酒と泪と男と女」が急浮上、ヒットに至る。 よりプリミティブなものへの憧憬を強く持つ彼は、日本での音楽活動の合間を縫って1977年インド、アフガニスタン、78年ペルー、79年トルコ、80年ネパールを単身放浪。そこに息づく自然に触れ、生活する人達と交流する中で音楽と生き方について多くのものを学び、その集大成として1980年10月「文明I」、11月「文明II」、12月「文明III」と3枚のアルバムを発表。(その後もケニア、ボリビア、インドネシアと各国を訪ね歩き、1998年7月に文化交流コンサートを行うためモンゴルを訪れている。) ライブツアーに於ても四国を40日かけて一周歩きながら訪れた町々でのライブ、東北・北海道を2カ月にわたりオートバイで旅しながらのライブツアー等従来のコンサートツアーとは違ったユニークな活動を行なう。最多期1980年〜1985年の年間ライヴ平均数は200本以上。 2枚のライブアルバムを含む10枚のオリジナルアルバム発表後、シングルとしては「野風増」を最後に1986年ソニーレコードに移籍。第1弾シングルとして「時代おくれ」をリリース。同年日本有線大賞特別賞受賞。この時点ではまだ一部の人達に支持されるだけにとどまったが、5年後、NHK特番「歌は時代を語り続けた」に同曲で出演、視聴者の問い合わせが集中したため、CDシングルとして再リリースされ再浮上。同年、第42回紅白歌合戦初出場。「酒と泪と男と女」「野風増」に続き「時代おくれ」を日本のスタンダード曲として定着させる。 デビュー以来一貫したコンサート中心の活動を、自身のバンド「THE SLOW TRAIN」と続行中。最近では世界放浪、アウトドアライフ、TV・ラジオのパーソナリティ等の豊富な経験を生かしたトークと、パワフルでエンタテイメント溢れるステージングが老若男女世代を超えて受け入れられ、通常のコンサート以外にも全国の市町村おこしの野外ステージから高校の芸術鑑賞会、ディナーショー、環境保護キャンペーンコンサートなど様々なイベントまで幅広く出演中。「例えば若者達が地元の活性化のために僕を呼ぼうといってくれるならどこでも行くし、めいっぱい盛り上げますよ」が本人の口癖。 1995年、阪神・淡路大震災復興義援コンサート「復興の詩」をプロデュース。これは震災で親を亡くした子供たちのためのチャリティーコンサートで、毎年1回10年間2004年まで継続開催される。 音楽以外の活動では1993年より一年半にわたり毎日新聞日曜版にエッセイを連載、まとめたものをエッセイ集「ほろ酔いで夢みれば・・・」として出版。また94年NHK朝の連続テレビ小説ドラマ「ぴあの」、96年〜97年の同「ふたりっ子」に役者として出演。 最近シングルとしてリリースされたものは「晩秋」「旅的途上」「元気だしてゆこう」の3曲。97年の「晩秋」、98年「元気だしてゆこう」がNHK金曜時代劇「物書同心 いねむり紋蔵」(舘ひろし氏主演)の主題歌としてそれぞれオンエアーされる。そして、今年2月から本人CM初登場と話題になった本格焼酎「隠し蔵」のCMソングとしてオンエアー中の「旅的途上」は96年リリースされたもの。また「元気だしてゆこう」は現在サッカー日本代表チームサポーターULTRAS'2002の皆さんに応援歌として歌って頂いており、これは2000年のシドニーオリンピック、2002年日韓共催のワールドカップへと歌いつづけてくれるとのこと。 2001年4月16日午前3時22分肝臓疾患のため死去。享年48歳。

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