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説明文

震災から三年後だったか宮城県の石巻を訪ねた。最初からそこを目的としていたわけではなく只の気楽な旅行者として仙台駅に辿り着き駅の路線表示を眺めていた時にふと石巻の名前が目に止まった。…ここに行かなきゃ。何となく呼ばれてるような気がした。 その当時仙石線はまだ途中で寸断されたままだった。不通の区間はバスを乗り継いだ。津波で流されたのか家もまばらな景色を見ながらバスの運転席の真後ろに座った僕は運転手さんに震災当時のことについて極控えめに尋ねてみた。 ‘今横に見える水路あるでしょ?津波の後この水路に水死体が沢山浮いてたんですよ’ そう応える運転手さんに僕は只‘…大変でしたね’とそんな言葉しか見つからなかった。 バスを降り再び仙石線に乗り換え石巻駅に着くとこの地で生まれた石ノ森章太郎の漫画の懐かしいキャラクターたちが出迎えてくれた。サイボーグ009。仮面ライダー。ロボコン…。 駅から続く商店街はシャッターを閉じた店も多く舗道には津波の名残りの砂泥がまだ所々に灰色の影を落としていた。 商店街の駐車スペースでイベントをやっているらしくバンドが演奏する音楽に多く人が集まっていた。それを横目に通り抜け僕の足は駅で出迎えてくれたキャラクターたちに誘われるように中瀬にある石ノ森章太郎の博物館に向かった。 旧北上川の砂州の端にある博物館は石ノ森章太郎らしい丸みを帯びた宇宙船のような建物だった。青い空に浮かぶようなその宇宙船を見上げながら‘あの上に丸い窓があるでしょう?津波であそこまで水に浸かったのよ’地元のおばさんがそう教えてくれた。 高校生のアルバイトのような若い女の子が配っているチラシを受け取るとこの先に牡蠣小屋があると云う。チラシには手書きの文字でフッと思わず微笑んでしまうような方言で何か書かれていた。‘ナンチャラナンチャラチャラべっちゃ!’イントネーションはそんな感じだったが今となってはその語句が思い出せない。 山盛りの牡蠣を網で焼きながら冷えた手を温めた。広島の牡蠣より小ぶりな牡蠣は美味しかった。三年前無情にも広く高く激しく陸地を襲い人や瓦礫を押し流していった海。今はそれが嘘のように鎮まり元通りの穏やかな表情に帰っている。そんな海の中で育った身の詰まった牡蠣だった。
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