「音学」シリーズ第一弾。
≪所感≫
令和元年6月にNHKのドキュメンタリー≪終わりなき旅~歌姫ひばり 最後の日記≫というのを見ました。
晩年の美空ひばりを知る人は、透明感があったといいます。
実際、晩年の歌唱を聴くと、それまでの完璧な歌唱から更に、はるか遠くへ解き放たれたような、スケールの大きさを感じます。
でも、その透明感は、死を達観したことからくるものではありませんでした。
その上、実は、最晩年には間質性肺炎から、大好きな歌を歌うことが苦痛になり、毎日ラジカセで聞いていた歌を聴くこともやめてしまいました。
もちろん、病床生活は人生の垢を洗い流し、死を強く意識させたのでしょうが、実生活では歌と命をめぐり、人間的な葛藤があったのです。
やはり、歌の世界観を理解し、表現する能力がずば抜けて高かった人だったのだと思います。
10歳でのど自慢の審査員に、もう完成されているから、のど自慢の段階ではない、プロになるなら頑張りなさい。と言われたほど早熟で完璧な歌唱力。
だから、晩年に人生を総括するような世界観の歌を見事に歌い上げたのだと思います。
輝かしい人生の業績の果てに、最晩年の日記の内容は、寂しいものでした。
ひばりの歌は、人生の最後、歌も歌えなくなったとき、ひばり自身に何をもたらしたのでしょうか。
ひばりの歌から、私たちは何を学ぶべきでしょうか。
≪略歴≫
終戦直後の昭和20年、8歳で初舞台。
昭和24年、12歳で『悲しき口笛』に映画主演、同主題歌も45万枚売れ大ヒット(当時の史上最高記録)。
昭和35年、『哀愁波止場』で第2回日本レコード大賞歌唱賞を受賞、「歌謡界の女王」の異名を持つ。
昭和39年、離婚直後に発表した『柔』は東京オリンピックともあいまって180万枚という大ヒット。第7回日本レコード大賞を受賞。
昭和41年、『悲しい酒』が145万枚を売り上げ。
昭和48年、実弟が起こした不祥事をきっかけに、加藤家と暴力団との関係も問題視され、バッシングを受け、低迷期に入る。実弟のことを自分のことのように心を痛めた。
70年代~80年代前半は大きなヒット曲には恵まれなかったが、小椋佳『愛燦燦』など、幅広いジャンルの楽曲を自らのスタイルで発表、歌手としての再評価を受ける。
昭和62年、重度の慢性肝炎および両側特発性大腿骨頭壊死症により療養。退院後も完治したわけではなく、体の状態は悪かったが、『みだれ髪』で芸能活動復活。
昭和63年、生涯最後のシングル曲となった『川の流れのように』レコーディング。
同年、東京ドームコンサート実施。オープニングの『終わりなき旅』は、復帰への思いを本人から聞き、なかにし礼が作詞したもの。この頃には、相当死を意識していたと思われ、透明感があったと述懐している。
平成元年2月7日、九州での公演が人生最後。この頃には突発性間質性肺炎も患っていたが、全20曲歌い切った。同年6月24日逝去。享年52歳。
<AIでよみがえる 美空ひばり(2019/9/29初回放送)>
紅白歌合戦にも出場したAI美空ひばりの開発・制作ドキュメンタリー。
ホーミーに代表される高次倍音を含む特殊な発声、リズムなどを微妙にずらすことで生まれる人間味といった分析がなされ、美空ひばりの歌唱が強い感動を呼び起こす謎が少し解けた思いでした。
実際に完成した音源は、本当に美空ひばりの新曲を聴けた気持ちになり、私としてはその技術の高さにも驚かされました。
また、死後30年経った今もなお、美空ひばりに再び会いたい、歌唱を聴きたいと願う人たちがいて、開発者、アーティスト、ファンクラブたちの熱意に支えられた舞台裏を見ることで感動が増しました。
テクノロジーも、このように人々の夢や願いを叶え、感動を与えるものであれば、いいものだと素直に感じることができました。
兵器は過剰にあるのに、発展途上国では食料や医療、教育が慢性的に不足し、コロナ禍では先進国でもマスク不足が生じてしまうような現代社会。本当に人々に必要なもの、人々が欲しいと思うものを作るにはどうしたらいいかを問い直す必要を改めて感じました。
あまり映像にはスポットが当たらず、私が見たところでは違和感を拭えませんでした。人間の眼や視覚情報を処理する脳の領域はとても発達しているので、なかなか誤魔化すのは難しいのかなと思いました。
<AI美空ひばり あなたはどう思いますか(2020/3/20初回放送)>
2019年末の紅白歌合戦の後、インターネット上でAI美空ひばりに対する批判があったようです。
要点や面白いと思った部分を抜粋します。
●主な批判
・人格を勝手に作り出すのは冒涜
・現実との区別がつかなくなる
・感情を恣意的にコントロールする恐れがある
●批判に対して
・冒涜という意見があるが、ではものまねは冒涜か?(ビートたけし)
●その他
・生きている人に見せて、対話するところがむしろ見てみたい。亡くなった人は、ダメ出しできないからフェアじゃない。(大友良英)
・技術の進歩を人々が認識し、議論されるようになったことが素晴らしい。
AIはチューニングされるもので、製作者の作為で悪用される可能性がある。作詞、作曲、AI開発者と、3者の名前を表記するとよいかもしれない(松尾豊 東大教授)
・「AI美空ひばり」として、新しい人格と認め、専属契約するなどして売り出せば、ファンタジーとして世間も受け入れやすいだろう
●私の所感
批判として挙がっている意見は、いずれもAIが登場したことで初めて生まれたものではなく、ビートたけしの言うように例えばものまねなどで人々がずっと繰り返しやってきてたことです。
松尾教授の話のとおり、議論されるほどにAI技術が進歩したということでしょう。ただし、歌唱は立派でしたが、まだまだ現在のAIの知性はあくまで人の創造性をサポートする道具といったレベルのようです。
批判的意見はむしろ昨今のフェイク動画などの問題に当てはめたほうがより深刻で現実的なもののように感じられました。
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