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変な歌詞? 椎名林檎の凄さ!「職人」を自負する「J-POP」 【椎名林檎が西加奈子に“J-POP職人”の顔を明かす「本当に好きな音楽とは乖離してる」】という記事を読んで非常に合点がいったのだが、椎名林檎の歌詞は変である。変というのは、彼女が「職人」を自負する「J-POP」の世界においては、という前提なのだが、まず歌ありきで、共感できる言葉があればあるほど支持されるのがJ-POPだ。そして共感できそうな普遍的ワードを並べるシンガーが増えた結果、「会いたくて会えなさすぎ」「さくら舞いすぎ」「ひとりじゃなさすぎ」などと揶揄されているのが昨今のJ-POPだ。この世界の安っぽいコトバと椎名林檎のそれには、あまりにも深い断絶があると言わざるを得ない。  自分本来の考え方として「まず歌はいらない。歌が入ると風俗になる。歌が入るとそこに目が行ってしまう」と椎名は語る。だからなのか、彼女の曲は歌もメロディ楽器の一部であり、サウンドの中に歌が溶けこんでしまっている。普通のポップスでこんなにギターやドラムが鳴ったりしないでしょう、というくらいボーカル以外の楽器の存在が強いことも要因だが、そもそも歌がコトバとしてあまり耳につかないし、何を言っているかは断片的にしか聴こえてこない。ストーリーは歌詞カードを読まないとわからないのだ。  もちろん初期は違う。〈気まぐれを許して/今更なんて思わずに急かしてよ/もっと中迄入って〉などの扇情的な歌詞が社会現象になった「本能」などは、あえてコトバのインパクト(そして自作自演キャラの話題性)で勝負していたのだと思う。ただ、東京事変以降の椎名林檎は、はっきりと「歌のひと」ではなくなった。もちろん不思議キャラの人でもない。職人、という言い方はまさしく今の彼女の真摯な仕事ぶりを表すものだ。  ただし「歌はいらない」という音楽家の考え方と、「伝えたいことがない」のはまったく別である。歌不要論者である椎名林檎は、歌はかくあるべしという意識から切り離れされたところで自分のコトバを綴るのだろう。新作『日出処』の素晴らしさ、音楽的クオリテイの高さについては今更ここで書くまでもないのだが、歌詞もまた絶品の文学で。右開き・縦書きの文字が並ぶ歌詞カードは、ちょっとした短篇集のような味わいをもって、音楽から独立した魅力を放っているように思う。 〈この密室を拵える要素は、大概が借り物で、自分もそう。降り込んだ雨の率直さは、自由と不自由とを、分け入る様。  絶対戻れやしない。一体何処へ行こうか。考えるまい。〉(「走れゎナンバー」)  なんだか絲山秋子の小説みたいだが、これが椎名林檎の今の歌詞である。歌というか文学である。句読点のきちんとついた文章。メロディに乗ってナンボだとかサビに印象的な語感を残そうとか、そんな計算で書かれたものだとは到底思えない。しかしこの小説的文章、CDを聴けばしっかりファンキーなサウンドに乗った音楽になっているのだ。なんだこれ。凄いぞ。  さらにはミュージックビデオも作られた、後半の一曲が素晴らしい。 〈幼い頃から耳を澄ませば、ほんとうに小さな音も聴こえて来た。〉  このモノローグから始まる歌詞は、満ち足りた幼少期を送る娘であった主人公が、いつしか子供を授かり、親になるというストーリーだ。あふれる愛情と母性がどうといった記述はない。あなたは私を選んできてくれた奇跡のベイビーね、みたいな甘ったるさも皆無。いくらでもファンタジックに盛れる話、あるいはどこまでも普遍的な感動に落とし込めるテーマを、椎名林檎はこんな文章でスッと描いてみせるのだ。 〈あなたの命を聴き取るため、代わりに失ったわたしのあの素晴らしき世界。GOODBYE〉  出産前の生活に戻ることはない。戻りたくても戻れない。かつてどこで何をしていたかは関係なく〈わたしは今やただの女。〉なのだ。おそらく母になった女性すべてが感じるであろう事実を切り取った曲に、「ありきたりな女」というタイトルを冠するのも目から鱗のセンス。ドラマ主題歌として書き下ろされた「カーネーション」もそうだが、母親として生きていく女性の人生を描かせたとき、今の椎名林檎ほど面白い作家はいないのではないかとすら考えてしまった。  そして、当たり前だが椎名林檎は作家ではなく音楽家。鮮やかなポップネスとスピード感で全曲走り抜ける『日出処』を、読み物として扱うのはトンチンカンな話だが、かといって「何を言っているかよく聞き取れないんだなー」で済ませてしまうのはあまりにもったいない話。音楽をiPodに入れて携帯するように、この歌詞カードを鞄に入れてふと電車内で読んでみる。そんな楽しみ方が十分にできそうな作品である。 http://entame-news01.seesaa.net/article/410076241.html
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