つまらぬ石のようなものでも光を充てられれば輝く。
硬く無機質なチタンの塊─月。
僕たちはそれを知っているがそれでも尚その美しさに心奪われるのは何故か?
いったいこれまで何度それは夜の街を物憂げに歩く僕を立ち止まらせたことか?
そしていつでもそれは僕を例えようもなく恍惚とさせるのだ。
皆既月食の夜。
神々しい絹衣のような光の纏いを脱いだその裸の姿は僕らにある種不思議な感覚をもたらす。
双眼鏡から覗いた裸の月は夜空にぽつんと置かれたベビーカステラか粉をまぶした飴玉のように見えた。普段とはまったく違う表情の月。双眼鏡を脇に置いてもう一度肉眼で仰ぐとぽっと頬を染めたように微かな赤みが増した。化粧を落とした無防備な素顔を不意に覗かれて恥じらう婦人のように。
月の幽かな声が天上からの囁きのように慎ましげに降りてくる。
─わたくしの素顔を御覧になってもお嫌いにはならない?
─いいえ。むしろあなたのその正直と寛大さを僕は讃えるでしょう。そしてあなたこそ我々の最も身近にいながらしかも最も光輝くものの一つであることに今ようやく気づきました。
その声が届いたかのようにやがて月は再び眩しい銀色の光のリングに縁取られていく。─光の復活。
宇宙の精気を一身に集めるように光り輝く月よ。
その光はあなたの属性だ。
何万年何億年と人類の夜を照らし続けてきた月の透徹したまなざし。─そのまなざしを自分のものとする時人は月と同化するようにたちまち光の属性を帯びることだろう。
自ら光を集め他者をも照らす。
単なるチタンの塊に過ぎぬものが神々しい光を一身に纏うように。
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