三丁目の酒場を出てから、7人の男が後ろを付けて来ている。それに関しては嫌な程、心当たりがある。酒場の喧嘩で相手を伸したからだ。それもかなりな勢いでやったからだ。誰かが仲間に連絡したんだろうが、あまりにも早いご登場だな。ということは、奴は承知で喧嘩を吹っ掛けてきた訳だ。で、今、後ろの7人はこちらを値踏みするように見ているのが分かる。野婢な笑い声が聞こえて来たので、そろそろ始めるつもりらしい。こっちは、酒場のある裏通りの中にあった朽ちた酒場跡に入った。木造のそれはほとんど形を成していない程だった。「ここに酒場あり」と石碑が立っていてもおかしくないくらいの時代物だったが、地面には雑草に埋もれて古い暖簾や割れた皿、汚れたビンビールのケースが落ちていた。そして、その真ん中に俺は立って振り返った。これが、相手らの意表を突いた様で7人は立ち止まる。俺は笑った。狂ったように奇声を発し笑った。体を捩り、片膝を曲げ両手を地面に付き笑った。7人の男達がお互いに顔を合わせた瞬間。俺は最良の姿勢から前に飛び出し駆けた。朽ちた酒場を反対側に抜ければ、後は直線一本の商店街を最高の速さで駆けて、駅の高架下のトンネルを抜けて、反対口の駅に駆け込む。電車の時間は頭に入れてある。俺の極上の足の速度と時間調整のための一芝居で最終電車を捕まえる。俺はここまでずっと走ってきた。闇金の取り立て、盗み、警察。今回のような奴らもそれに入るかもしれない。だが、誰も俺には追いつかない。必ず脱出路は押さえるし、あらゆる手段は頭に入れている。これで逃げ抜いて来たのだ。この緊張感が堪らない。綿密な計画が破られる時が来るのか、それとも走れなくなるのか。いつか誰かが俺の走りを止め、じべたに転がし、俺の頭を押さえ付け、そいつの気が済むまで俺は殴られ続ける。俺はその時、絶頂を感じて、本気で笑い出すのが分かる。その時を待っているのだ。嘲笑と喝采が街に鳴り響く、その日を俺は。
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