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説明文

彼女のことに気が付いたのは最近だった。俺は日々、修道院跡地の土の中で下へ下へと穴をシャベルで掘っていた。掘れば掘るほど掘った土を運び出さなくてはならない。滑車を使い、バケツに土を盛り、縄を手繰り引っ張り、上に持ち上げ、その先のもうひとつの滑車で地面に土を落とす。この繰り返しで下に下にと掘り進んでゆく、基本的に一人でやる、誰に頼まれたわけじゃない。かなり掘り進むと、周りのことは気にならなくなり、日々の変化は自分とシャベルで掘った部分だけ。でも、ある日、風が教えてくれた。彼女も下へと掘り進んでいることを。困惑した。足下だけを見ていたのに穴の周囲が倒れてくる壁のように感じた。この壁の向こうのどこかで彼女が下へと掘り進んでいる。上を見上げて息を整えるために何かを探す。だけど、もう空の青さを上に見ることは出来ず、その名残はすでに光の点となっている。そこまで掘り進んでいる。彼女はここで自分が掘っていることは知っている。でも何故、彼女はこれを始めてしまったのか。分からない。いや、誰しも俺が何故これを始めたのかすら分かりはしなかった。語りもしていない。だから、彼女がどういう思いで穴に下りたかなんて分からないだろう。俺は穴の底で思わず壁に耳をすまして音を探ってみる。壁に手を置いて、何か伝わるものがないか感じてみる。しかし、何もそこから来ないし、何もここに届けられるものは無い。俺は彼女を知っている。もしかすると、ある部分は彼女以上に知っているかもしれない。そこに俺は惹かれた。だが、彼女はそこに惹かれる男を良しとはしないだろう。だから、俺は彼女を助けることは出来ない。俺が彼女のために掘り続けても彼女は満足はしないし、俺も俺の目的を見失うだけだろう。しかし、これから、この穴にシャベルの先を突き立てる度、彼女のことを思う。彼女の長く美しい髪に泥がこびりつき、顔が掘り進むにつれて、頬は硬くなり蒼くなる。目は光を失い虚ろになり、唇がひび割れてくる。そう思うとたまらず俺は穴の底に腰を下ろした。手から離れたシャベルも力無く穴の壁に倒れて咳を一つ吐いた。
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