マルセルデュシャンに代表されるニューヨークダダの水脈がアンディウォーホルのファクトリー周辺を経て現在のブルックリンの音楽シーンにまで続いているんじゃないかという発想。
〈第一次世界大戦下のスイスはチューリッヒのキャバレーボルテールを拠点に始まった芸術思想運動ダダは芸術の解体 既成概念の破壊といった革新思想のもとに瞬く間にヨーロッパの各都市に波及していった(パリに伝播したダダの種子はアンドレブルトンによるシュールレアリスムを生む)。それは甚大な被害と疲弊をもたらした戦争と現状の社会に対する芸術的側面からの抵抗運動だったとも云える。
一方同時代的な現象としてニューヨークで起こったダダはヨーロッパのダダとは直接的な関係はなく政治的な思想を含んではいなかったがその反芸術的なアティチュードはまさしくダダのそれだった。〉
このような汎世界的規模での芸術の解体変革運動としてのダダはそれ以後のあらゆる前衛芸術やエクスペリメンタルな試みの源流となっているような気がします。つまりシュールレアリスムもロシアアヴァンギャルドもピカソも岡本太郎もアレンギンズバーグもウィリアムバロウズもオノヨーコもみんなダダなんだと勝手に解釈しています。
そしてアンディウォーホルなどはそんなダダの雰囲気ぷんぷんの最たるものでその彼に見出だされデビューにも関わったのがヴェルベットアンダーグラウンド。当時は全く売れなかったらしいですがその存在感と影響力は大きくストゥージスや後にパティスミスやテレヴィジョンらのニューヨークパンクが生まれます。パンク発祥の地がニューヨークであったことを考えるとダダ以来の芸術的革新の土壌としてのトポスがこのニューヨークにはあるのだというそんな結論でございますのダダ。
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