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説明文

SIONの春夏秋冬を聴いていたのはもう何十年も昔のこと。レコードでもCDでもなくカセットテープで。それほど熱心に聴いていたわけでもなく興味本位からただデッキに入れて流していた。 スタートボタンを押せば一曲目から男娼の歌。世の中に多様な性癖のあることは知っていたが当時の若い自分には関わりのない何処か知らない他所で起きている出来事の一つでしかなかった。 横須賀に棲み続けながら東京を拠点として仕事をするようになってすでに何十年。そこで関わるようになった幾人かに接して当初否応なく感じさせられたのは「東京の人間はきたねえ」だった。嘘をつく。裏切る。良心の果てしない軽さ。だがそれにも次第に慣れた。 あれから僕も歳をとった。SIONはあの頃から歳をとっていた。 何十年ぶりかで聴いてみて驚いたのはそれほど熱心に聴いていたはずもないと思っていたこのアルバムのすべての曲を自分は覚えていたということだった。何処かにすっかり仕舞い込まれていた記憶がそのままのかたちで鮮やかに提示されるのは奇妙な感覚だ。 曲の中の幾つかの印象的なフレーズが今また生々しく甦る。 おまえの手がおれの服を剥がす。一枚一枚また一枚……ここからそう遠くないところでおれは粉々になる。(#抱いてくれ) 楽しみといえばおまえと会うことぐらいで それ以外は全部カスみてえなもんさ。(#楽しみといえば) ダーリン…濡れたフェンスを指で伝って何処までも歩いた。ダーリン…この街にレイプされ…(#ダーリン) そばにおまえがいて 愛するおまえがいて 申し分のない夜。なのに何かが足りない。(#ハングリーナイト) 変わり行く時間に惑わされ 今日一番の宝は明日クズかもしんねえ。(#12月) ろくにカネも取らずにヤらせる女がいた。…長い黒い髪の二十歳そこそこの娘だった。マネキン人形のような空っぽの笑顔…(#バックストリート) 静けさに微かな吐息 ただ揺れている。このままが…このままが…何よりもこのままが…(#このままが) 知らぬまに記憶の片隅に焼き付けられていたこれらのフレーズ。そこから滲み出す痛みの感覚。歳をとった今なら理解できる。 東京新宿シオニズム─。 何処にも居場所がないディアスポラの集まる場所。彷徨い続ける霊魂たちの吹き溜まり…けばけばしい厚化粧で塗り重ねられた猥雑な夜の街…星空も見えないほどに黒々と林立する高層ビル…それは冷たくなった彼らの亡骸を埋葬するための巨大な墓石… それでもこの場所には人々が集まってくる。終わりのない寂しさを抱え続ける者たちが。鮮血の迸る傷口を必死で抑えながら或いは無造作に晒け出しながら。 足りない何かを求めて。 ここにはないエルサレムを求めて。
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