今どき瓶のミルクを 大事大事そうに注ぎながら あいつはいつもと同じ笑顔です 玄関ドアの開く音が 弱い風を運んできて いつものおはようございますを 揺らしました 着替えてもいいですか? 着替えてもいいですか? ってなるべく丁寧に聴こえるように 僕は訊ねました 花を散らした桜の並木は 僕を暖めるだけの 充分な熱はくれない 五分後に僕は坂道を自転車で下り 十分後のお前らの隊列に加わります 緑になった桜の並木は 僕を暖めるだけの充分な熱は くれないんだよな 悪気も強気もない顔を 一瞬で纏える僕たちは いってきますいってきますって 今日もよく出来ました そう、いろいろ 置いてかなくちゃいけないみたい 一人じゃ歌えない歌とか 愛とか恋とか この涙がそうだ なくてもいいですか? 居なくてもいいですか? ここになくてもいいですか? ここに居なくてもいいですか? ってなるべく丁寧に聴こえるように 僕は歌いました 僕を含まないこの街を 上から眺めるとそれはそれは どんなふうだろうな 二時間後に僕は 買ったパンを一人で食べて 十年まもり続けた隊列を離れます 僕をなくしたこの街と並木は 上から眺めると意外に意外に いいやつらだったんだ 触ってもいいですか? 触ってもいいですか? ってなるべく丁寧に聴こえるように 僕は僕たちは歌いました 今どき瓶のミルクを 大事大事そうに注ぎながら あいつはそれでも同じ笑顔です 僕はそれをとてもとても遠くから じっと眺めながら ものを粗末にしてはいけないと なるべく丁寧に思いました。 玄関ドアの開く音も 遮断機が道を塞ぐ音も お前らが自転車を漕ぐ音も 風が耳たぶを叩く音も 二時間後に僕は 買ったパンを一人で食べて 十年まもり続けた隊列を離れます 僕をなくしたこの街と並木は 上から眺めると意外に意外に いいやつらだったんだ