山の音がする 山の匂いがする あの日私の小さすぎた足跡 山の手ざわり 山の言葉 あの日私が 夢中になったアリジゴク この石段を昇り切れば 小さな御堂があって この石段を下り切れば 待ってる人がいた あと60年たったなら 私の身体も消えさって あと60年たったなら あの梢だって軽々と 飛び越えられる 山の朝露が 足元を濡らすよ 少しだけ気の早い ツクツクボウシ この山の朝を あなたにも見せたいよ いつか二人で 二人きりで歩いてみたいよ この石段を昇り切れば あの日の私がいる この石段を下り切れば 街へと続く道 あと60年たったなら 私の身体も消え去って あと60年だったなら 見返りも求めずあなたを 愛せるかもしれない (並ぶ杉の木 ひのきの声だ セミのぬけがら カミキリムシ 石の野仏 馴染みの地蔵 赤い前かけ おだやかな顔 記憶をたどる 低いえんがわ 恐くて泣いた 古い手洗い そして水アメ かたいトウキビ もぎたてキュウリ 甘い水蜜 そしてあの庭 かわいい野菊 夕顔畑 大きさくらべ 疲れて眠る 午後の微睡み あおぐ団扇と 天井の顔 絶えず聞こえる せせらぎの音 絶えず感じる 前山の風 前山の風 前山の風) 前山の風が私を 煤しげに ああ 追いこしてゆく あと60年過ぎるまで 私の身体が消えるまで あと60年過ぎるまで 終われない歌はまだ 石段の途中