或の日 湯島聖堂の 白い石の階段に腰かけて 君は陽溜まりの中へ 盗んだ檸檬 細い手でかざす それを暫くみつめたあとで きれいねと云った後で齧る 指のすきまから 蒼い空に 金糸雀色の風が舞う 喰べかけの檸檬 聖橋から放る 快速電車の赤い色が それとすれ違う 川面に波紋の拡がり数えたあと 小さな溜息混じりに振り返り 捨て去る時には こうして出来るだけ 遠くへ投げ上げるものよ 君は スクランブル交差点 斜めに渡り乍ら 不意に涙ぐんで まるでこの町は青春達の 姥捨山みたいだという ねェほら そこにも ここにも かつて使い棄てられた 愛が落ちてる 時の流れという名の鳩が 舞い下りて それをついばんでいる 喰べかけの夢を 聖橋から放る 各駅停車の檸檬色が それをかみくだく 二人の波紋の拡がり数えたあと 小さな溜息混じりに振り返り 消え去る時には こうして出来るだけ 静かに堕ちてゆくものよ