庖丁一本 晒(さらし)にまいて 旅へ出るのも 板場の修行 待ってて こいさん 哀しいだろが ああ 若い二人の 想い出にじむ法善寺 月も未練な 十三夜 「こいさんが私(わて)を初めて 法善寺へ連れて来て くれはったのは 『藤よ志』に奉公に上った 晩やった。 早う立派な板場はんに なりいや言うて、 長い事水掛不動さんに お願いしてくれはりましたなァ。 あの晩から私(わて)は、 私(わて)はこいさんが 好きになりました。」 腕をみがいて 浪花に戻りゃ 晴れて添(そ)われる 仲ではないか お願い こいさん 泣かずにおくれ ああ いまの私(わて)には 親方はんにすまないが 味の暖簾(のれん)にゃ 刃が立たぬ 「死ぬほど苦しかった 私(わて)らの恋も、親方はんは 許してくれはった。 あとはみっちり 庖丁の修行を積んで 一人前の料理人になる事や。 な、こいさん、待っててや…。 ええな、こいさん。」 意地と恋とを 庖丁にかけて 両手あわせる 水掛不動 さいなら こいさん しばしの別れ ああ 夫婦(みょうと)善哉 想い出横丁法善寺 名残つきない 燈(ひ)がうるむ