白日のもと、 ただ歩いている案山子(かかし)。 北東へ向かって二駅三駅と。 何一つ欠いていない。 急にふとそう思えて、 東京を踏み締めている。 染井吉野の木立。 中央線沿いに根差し開(はだ)かる。 ほら、目を瞑っても、 射し込んで滲(し)みて来る 嫩葉(どんよう)。 青々と酸っぱい太陽。 いまという未来。 私がイメージしたことあったっけ。 いいえ、まだ新緑の眩しささえ、 愛せずにいる。 土曜の正午過ぎ。 神保町と後楽園は弾(はじ)き合う。 上下六車線の大通り、 暗黙の国境をなぞっている。 ねえ、どうしたいの。 過去に帰りたい。 かつては全知全能だったっけ。 いいえ、いまも。 私の胸に唯一の愛、姿だけ変える。 最初は深海。 やがて夜空を経て洞窟まで。 転身の度、肥大する存在。 砕けそうだ。 あなたはもういないと、 この身を抉って丸めたとして。 体自体が記憶を遺すデバイス。 投げ捨てたいのを堪えて 生き存えている。 この世の果てに 一人のあなたを宿したまま 覚えたままでいたい。 静かなる攻防。