鞘より拔けておのづから 草なぎはらひし御劍の 御威は千代に燃ゆる火の 燒津の原はこゝなれや 春さく花の藤枝も すぎて島田の大井川 むかしは人を肩にのせ わたりし話も夢のあと いつしか又も暗となる 世界は夜かトン子ルか 小夜の中山夜泣石 問へども知らぬよその空 掛川袋井中泉 いつしかあとに早なりて さかまき來る天龍の 川瀬の波に雪ぞちる この水上にありと聞く 諏訪の湖水の冬げしき 雪と氷の懸橋を わたるは神か里人か 琴ひく風の濱松も 菜種に蝶の舞坂も うしろに走る愉快さを うたふか磯の波のこゑ 煙を水に横たへて わたる濱名の橋の上 たもと凉しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり 左は入海しづかにて 空には富士の雪しろし 右は遠州灘ちかく 山なす波ぞ碎けちる 豐橋おりて乘る汽車は これぞ豐川稻荷道 東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡 見よや徳川家康の おこりし土地の岡崎を 矢矧の橋に殘れるは 藤吉郎のものがたり 鳴海しぼりの産地なる 鳴海に近き大高を 下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狹間 めぐみ熱田の御やしろは 三種の神器の一つなる その草薙の神つるぎ あふげや同胞四千萬 名たかき金の鯱は 名古屋の城の光なり 地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん 父やしなひし養老の 瀧は今なほ大垣を 三里へだてゝ流れたり 孝子の名譽ともろともに 天下の旗は徳川に 歸せしいくさの關が原 草むす屍いまもなほ 吹くか膽吹の山おろし 山はうしろに立ち去りて 前に來るは琵琶の海 ほとりに沿ひし米原は 北陸道の分岐線 彦根に立てる井伊の城 草津にひさぐ姥が餅 かはる名所も名物も 旅の徒然のうさはらし