『星を忘れた夜の贈り物』
✨️ 星を忘れた窓
雪がしんしんと降り続く、静かなクリスマスの夜でした。
街の窓という窓が、きらきらと温かな光を灯している中、
古いアパートの一室だけが、まるで星を忘れたように暗いままでした。
その部屋で、ビビはベッドの中に膝を抱え、
薄い毛布の中で小さくつぶやきました。
「サンタクロースなんて、とっくの昔に卒業したよ」
ビビの家では、もう長い間クリスマスを祝っていません。
父はいつも夜遅くまで働き、
母が大切にしていた古いクリスマス飾りの箱は、
押し入れの奥で静かに埃をかぶったまま。
ビビは去年、枕元に靴下を置くのをやめました。
その朝の“からっぽの重さ”を、まだ忘れられなかったからです。
期待しなければ、がっかりすることもない――
そうやって、胸の中にそっと鍵をかけることを覚えてしまったのでした。
🧭 古い地図と青い光
その頃、はるか上空では、サンタクロースが
トナカイのソリを操りながら「願いの地図」を見つめていました。
その地図は、子どもたちの期待の光で輝きます。
けれど突然、地図の片隅に――
他のどれとも違う、深く澄んだ青い光がぽつりと灯りました。
「ほほう、これは珍しい」
サンタはひげを撫で、目を細めました。
それは“願い”の光ではありません。
期待を封じ、誰にも届かない声を胸にしまい込んだ子どもの静かな光。
かつて聖ニコラウスが見つけたという、“優しさを必要とする魂の色”でした。
「よし。行くとしよう」
サンタはソリの向きをかえ、
地図にも載っていないビビのアパートへと静かに舞い降りました。
🏡 煙突のない家への魔法
ビビの家には煙突がありません。
サンタは玄関の前でソリを止めると、
小さな声でつぶやきました。
「心が優しさを求めている場所には、必ず入口があるものだよ」
彼がそっとドアに触れると、鍵は音もなく開きました。
部屋の中では、ビビが眠っています。
サンタは願いの手紙を探しませんでした。
代わりに部屋の隅に、
宇宙の絵がいっぱいに載った使い古しの本と、
去年から空っぽのまま置かれた靴下を見つけました。
「誰にも願えなかったこの子にこそ、
いちばんの贈り物を置いていこう」
サンタはビビの額にそっと手を置き頷いて
白く大きな袋から
木製の星型のオルゴールを取り出し入れました。
ふたを開けば、母がビビによく歌ってくれていた、
静かで優しいあのメロディが流れるようにして。
そして何も言わず、雪の夜へと消えていきました。
❄️ 最も静かな朝の奇跡
まだ夜明けの気配が薄い頃、
ビビはふと目を覚ましました。
「……夢、かな」
枕元を見ると、
昨夜まで空っぽだった靴下に、小さな木の星が入っていました。
ビビがそっとオルゴールを開けると、
懐かしい旋律が部屋いっぱいに溢れます。
忘れたはずの母の声が、雪明かりのように胸を包み込みました。
あたたかな涙が頬を伝い、ビビはそっとささやきました。
「サンタは…いたんだ」
その瞬間、
ずっと固く閉じていたはずの心の扉が、
ほんの少しだけ音を立てて開いたのです。
まだ暗い部屋の中でしたが
ビビの胸の中には、
宇宙でいちばん明るい星の光が、静かに降っていたのでした。
☃️ 終わり
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