監督ジャン=ピエール・メルヴィル。
フランス映画の歴史の中でも特別な輝きを放っている監督です。
アルザス系ユダヤ人の血を引くメルヴィルは、
ナチス・ドイツ占領下で生命の危険にさらされ、レジスタンスとして自ら銃をとった過去があります。
殺される側と殺す側、人の死をいくつも目の当たりにした彼は
《善と悪》という単純な《二元論》では物事を図ることが出来ない、と考えます。
しかも、その《善と悪》は、次の瞬間には手を結ぶ事もあるという現実が、メルヴィルの人生観に大きく影響を与えました。
戦後、大好きだった映画の自主制作を始め、
助監督を経ずに作ったデビュー作『海の沈黙』(1949年)が評判になったメルヴィルは、
ジャン・コクトーの依頼による『恐るべき子供たち』の映画化(1950年)などで頭角を現し、
そのインディペンデント映画での成功は、若きヌーヴェル・ヴァーグの監督たちから敬愛されました。
やがて優れた暗黒映画の作り手として認められ
『いぬ』(62年)、『ギャング』(66年)、『サムライ』(67年)、『仁義』(70年)といった硬質の《フィルム・ノワール》を発表し
そして対独レジスタンス経験に基づいた『影の軍隊』(69年)などの作品で、フランス映画に一時代を築いていきます。
メルヴィルの 軍人として、あるいはレジスタンス活動家としての矜持が、
幼いころに培われた《映画愛》とあいまって独特の《孤高の美学》を観る者に感じさせるのです。
《選曲》
①⑧ ジャン・ピエール・メルヴィル監督の TVドキュメンタリー
"Melville, le dernier samouraï "(『メルヴィル、最後のサムライ』)
2020年3月29日に、フランスで放送されたドキュメンタリー。
監督は Cyril Leuthy
プロデューサーは、Cathy Palumbo とDominique Tibi
音楽は、『仁義』『続・個人教授』(76年)の エリック・ド・マルサン。
観たいですねぇ~
②『仁義』(70年)
出演は
アラン・ドロン(コーレイ)
イヴ・モンタン(ジャンセン)
ジャン・マリア・ヴォロンテ(ヴォージェル)
フランソワ・ペリエ(サンティ)
アンドレ・ブールヴィル(マティ警視)
刑務所帰りのコーレイ(アラン・ドロン)は、店で買ったばかりの車のトランクに脱獄犯ヴォージェル(ジャン・マリア・ボロンテ)が隠れているのを発見。
互いに相手の素性を察知した 2 人はスナイパーのジャンセン(イヴ・モンタン)を仲間に加え宝石店襲撃を企てるが…。
クールな美貌のアラン・ドロン、
野性美溢れるジャン・マリア・ボロンテ(『荒野の用心棒』)
アル中でやさぐれた風情を熱演するイヴ・モンタンら
豪華三大スターの個性を最大限に活かしたフィルム・ノワールの傑作。
③『影の軍隊』(69年)
第二次大戦中に《秘密裏》に出版されたジョゼフ・ケッセル(『昼顔』『サン・スーシの女』)のレジスタンス運動を描いた小説の映画化。
主演はリノ・ヴァンチュラ。
共演はジャン=ピエール・カッセル
《イヴ・モンタン夫人》のシモーヌ・シニョレ。
製作はジャック・ドルフマン。
ジョゼフ・ケッセルの原作を監督のジャン・ピエール・メルヴィルが脚色しました。
撮影はピエール・ロム、美術はテオバール・ムーリッス、音楽はエリック・ド・マルサンがそれぞれ担当。
仲間の裏切りで収容所に入れられた工学博士フィリップ・ジェルビエ(リノ・ヴァンチュラ)は、
処刑目前に脱走、パリに潜伏してレジスタンス・グループと合流した。
彼らは抗独運動の拠点”自由フランス”の指導者ド・ゴールと接触するためにロンドンを目指すが、
同志のひとりがゲシュタポに捕まったことをきっかけに、次々とメンバーが逮捕されていく・・・。
『影の軍隊』はレジスタンスの経験のあるメルヴィルが、映画化にかなりの時間をかけて準備した作品です。
《影の軍隊》とは招集された兵士でもなく、軍人でもない、自分の意思と信念で戦う無名の市民の活動の《姿》なのです。
④『いぬ』(63年)
タイトルの“いぬ”とは、警察への密告者を指す隠語。
主演はジャン=ポール・ベルモンド。
刑務所を出所したばかりのギャングのモーリス(セルジュ・レジアニ)は、妻を殺した男ジルベール(ルネ・ルフェーヴル)を射殺。
かつての仲間シリアン(ジャン=ポール・ベルモンド)と次の仕事を決行する。
しかし、警官隊に包囲されて仲間が死に、自分も逮捕された。
何者が密告したのだ。
モーリスはかねてから、シリアンが“いぬ”(密告者)だという噂を聞いていたが、
自分の新しい女テレーズ(モニーク・エネシー)が崖から自動車で転落死した事で、シリアンへの疑いをつのらせる……
彼は警察の《いぬ》なのか?……
モーリスは復讐を誓って入獄、同房の男にシリアンを殺すことを依頼する……
極端なくらいにモノクロの陰影を強調した撮影監督ニコラ・エイエの端正なカメラワーク。
原作はフランスの大手出版社ガリマール傘下の犯罪小説専門レーベル《セリエ・ノワール》から’57年に出版された作家ピエール・ルズーの同名小説。
その校正刷りを手に入れて読んだメルヴィルは
たちまち魅了され、自らの手で映画化することを望んでいたが、
密告屋と疑われる主人公シリアンに適した役者に心当たりがなく、これぞと思える人材と出会うまで企画を温存しておこうと考えました。
それから3年後、メルヴィルを心酔するジャン=リュック・ゴダールの出世作『勝手にしやがれ』(60)に俳優として出演し
そこで、主演をしていたジャン=ポール・ベルモンドと
『勝手にしやがれ』の製作者、ジョルジュ・ドゥ・ボールガール
と出会います。
ボールガールは、次作に予定されていた作品の頓挫で
手元にある資金で確実に当たる低予算の娯楽映画を急ピッチで製作し、そこから得た利益を次作の予算に充てることを思いつきます。
メルヴィルに任せる事にしたこの《低予算の娯楽映画》の条件は
当時すでにフランス映画界の若手トップスターとなっていたジャン=ポール・ベルモンドを主演に起用すること、
そしてフランス庶民に絶大な人気を誇る《セリエ・ノワール》の犯罪小説シリーズから原作を選んで映画化することだった。
そこでピエール・ルズーの『Le Doulos』が浮上します。
(原題は「帽子」を意味する言葉で、同時にギャングの隠語として「警察のいぬ=密告者」を指します。)
メルヴィルにとっては念願の企画です。
しかも、前作『モラン神父』(61年)で組んだベルモンドは主人公シリアンのイメージにピッタリでした。
すぐさま脚本の執筆に取り掛かったメルヴィルは、
62年の晩秋から冬にかけて撮影を行い、
翌年2月の劇場公開に間に合わせるという超速スケジュールを敢行。
結果的に当時のメルヴィルのキャリアで最大のヒットを記録し、
一か八かの賭けに出たボールガールも、無事に次回作『青髭』の製作費を確保することが出来ました。
⑤『リスボン特急』(72年)
ジャン=ピエール・メルヴィルの遺作。
シモン(リチャード・クレンナ)は表向きはパリのナイトクラブの経営者だが、実はギャングという裏の顔を持っている。
ある時、シモンは仲間のルイ・コスタ(マイケル・コンラッド)
マルク・アルブイ(アンドレ・プースポール)
ポール・ウェベル(リカルド・クッチョーラ)と
大西洋に臨むサン・ジャン・ド・モンの小さな町の銀行を襲撃、大金を強奪する。
しかし、隙をつかれてマルクが撃たれ、負傷してしまう。
一方、パリ警視庁のエドゥアール・コールマン刑事(アラン・ドロン)は、ある組織が税関とグルになって麻薬をリスボン行きの特急で運び出すという情報をキャッチする。
同じ頃、シモンらはヘリコプターを使った作戦で、その麻薬を横取りする計画を立てていた。
数日後、マルクの死体が発見される。シモンが、犯行の発覚を防ぐ為、情婦のカティ(カトリーヌ・ドヌーヴ)に口封じさせたのだ。
コールマンはマルクの身元を割り出し、犯人に迫っていく。
仲間を次々と検挙したコールマンは、ついに犯人はシモンと突き止める。
だが2人はかつて、堅い友情で結ばれた戦友同士だった…。
《メルヴィル・ブルー》が生かされた映像、構図が堪能出来る映画です。
しかし、アラン・ドロンは、情報屋にも容赦なくビンタするし、
シモンの女のカティと浮気してるし
どうも共感出来ないキャラクター。
この作品で、ドロンに役を振るに当たり、メルヴィルは刑事役、犯罪者役(シモン)のどちらを選んでもよいとドロンに伝えたらしいのですが、
ドロンは脚本を読んで、どちらかというと活発な役はシモンの方だと感じつつも、
犯罪者役はこれまで何度も演じてきたので、あえて刑事役を希望したのだそうです。
フランスの大スター アラン・ドロンとカトリーヌ・ドヌーヴは、初共演ですが、
当時、カトリーヌ・ドヌーヴは妊娠中の為、見せ場を作る事が出来ませんでした。
シモン役のリチャード・クレンナは、『ランボー』のトラウトマン大佐役で有名。
メルヴィルは、クレンナの出演していたテレンス・ヤング監督の『暗くなるまで待って』(67年)を大変高く評価していて、
そのこともあって、クレンナに白羽の矢を立てたのではないかと思われます。
ドロンとクレンナの友情の源は、映画では分かりません。
寝とってますからね、ドロンの方は。
この辺が納得いかんのです。私は。
後年、アラン・ドロン自身、「『リスボン特急』は中途半端な失敗作になってしまった」というような言葉を残しています。
原題の『Un Flic』とは「刑事」(デカ)の事。
原題の直訳では同じような邦題の映画が他にもある為
このような『リスボン特急』という邦題を付けたようです。
⑥『マンハッタンの二人の男』(59年)
ジャン=ピエール・メルヴィル監督自ら主演、撮影を務め
全編にわたるゲリラ的な撮影を敢行。
この映画製作方法は、ゴダールの『勝手にしやがれ』に多大な影響を与えたことで知られています。
モダンジャズの名手マルシャル・ソラルによる哀愁に満ちたサウンドと、
メルヴィルのキャメラが捉える気怠いマンハッタンの夜の映像が相まり、雰囲気ある映画に仕上がってます。
ニューヨークの国連本部本会議に出席しているはずの仏代表ベルティエの不在を怪しんだジャーナリスト(メルヴィル自演)は、
相棒のカメラマンと共に行方を追い、彼が愛人の女優の部屋で急死した事実をつき止める。
レジスタンスの英雄だったベルティエの名誉を守ろうと、スキャンダルを闇に葬ろうとするが、
相棒はそれで政府を揺すろうと企む……。
自身レジスタンスに参加していたメルヴィルの抵抗運動に対する敬意と誇りが読み取れる内容で、
気怠いマンハッタンの夜を徘徊する男たちをノワール的に捉えています。
⑦『サムライ』(67年)
ジャン=ピエール・メルヴィルの代表作。
原作はゴアン・マクレオの小説『ローニン』をメルヴィル自身が脚色したもの。
(『ギャング』という題名とも言われてます。翻訳版無し)
冒頭に出てくる
《サムライの孤独ほど深いものはない。ジャングルに生きるトラ以上にはるかに孤独だ》
これはメルヴィルが創作した言葉です。
メルヴィルの持つ《サムライ》のイメージですね。
撮影がアンリ・ドカエ
音楽はフランソワ・ド・ルーベ
「私の夢はモノクロのカラー作品を撮ることなんだ」
とはメルヴィルの言葉です。
確かにこの作品はまぎれもないカラー作品でありながら、
ブルートーンの渋く鈍い色調が全体を蔽った、モノトーンのような印象の強い映画です。
この効果を得るために、何度も実験を重ねたといいますが、それも長年の盟友アンリ・ドカエがいればこそだったでしょう。
アラン・ドロン演じるジェフ・コステロは、
《小鳥と暮らす一匹狼の殺し屋》という役柄ですが、殺しに出かける際のトレンチコートに帽子姿が最高にカッコ良いです。
全編を通して無表情で、これこそ《COOL》です。
ジェフの古く薄汚いアパートの部屋も、いかにも“サムライ”らしい質素さです。
殺し屋ジェフ(アラン・ドロン)は、ソフト帽にトレンチ・コートを羽織り《仕事》に出かけた。
コールガールの恋人ジャーヌ(ナタリー・ドロン)にアリバイを頼み、クラブへと向かう。
この日の《仕事》はクラブの経営者を殺すことだ。
仕事は寸分の狂いもなく完了した。
しかし廊下へ出た時、黒人歌手のバレリー(カティ・ロジェ)に顔を見られてしまう。
警察に捕まったジェフは署に連行される。
面通しでは目撃者の大半がジェフを犯人だと断言したが、バレリーだけはなぜかそれを否定した……
本作は、
『ザ・ドライバー』(1978年 監督:ウォルター・ヒル)
『処刑遊戯』(1979年 監督:村川透)
『狼/男たちの挽歌・最終章』(1989年 監督:ジョン・ウー)
『ゴースト・ドッグ』(1999年 監督:ジム・ジャームッシュ)
『ドライヴ』(2011年 監督:ニコラス・ウィンディング・レフン)
等、多くの《ノワール》映画に影響を与えました。
アラン・ドロン自身大変この作品を気に入っていて、
自身のブランドの香水の名称も「サムライ」と名付けていて
本人も認める代表作になっています。
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