目が覚めると、 青空が揺らめていていた。 乱反射する日光に、知覚される 冷たくも温かくもない感触。 音は篭もり、声を出そうにも 空気を伝えるのがやっとで。 そうしてようやく気づいた。 ああ、ここは水の中だって。 しかしそこにいる理由はわからず、 そのまま辺りを見渡してみる。 建物が沈んでいる。 どうしてこうなっているんだろう? 街の色も木々の色も 何一つ分け隔てることなく、 柔らかく不明瞭な波の形に もれなく飲み込まれている。 ぼんやり漂っていると、 視界に挟まる様々な物。 ぬいぐるみ、 机と椅子、 ピアノにパソコン、 ノートブック。 連関のない物体が次々と 僕の前を通過してゆくから。 もはや浮遊どころではない、と 身体をあちこちくねらせる。 くねらせているうちに苦しくなり、 やがて避けるのを諦めて、 物にぶつかりその痛みが 少しずつ癪に障ったころ。 突然流れてくる情報。 あまりに多い悲痛な叫び。 その首の締まるような苦しみに 僕は思わず気を失った。 意識の端々で見えてきたのは かつての僕の黒い現実。 「お前は変だ」「理解し難い」と 笑われ叩かれ嘲られ。 【特別】故に拒否されて、 アイデンティティを見失い。 やがて主張を諦めて 砕けた心で普通を演じた。 でも普通なんて、なりたくて なれるもんじゃなかった。 みんなの普通は僕の「変」で、 僕の普通はみんなの「変」だから! 笑われるのはもう嫌だ、 虐められるのはもう嫌だ、って 世界を捨て、現実を捨て、 静かに身を投げ浮遊した。 浮遊を続けているとふと、 与えられた記号。 流れてくる音、動き出す律動に 歌わずにはいられず。 喋ると苦しいはずなのに、 歌ではそうはならなくて。 溢れ出す旋律、紡がれる言葉、 思わず零れる涙。 歌が僕の全てになるまでに あまり時間はかからなくて。 何もかも投げ出して 音と言葉にのめり込んだ あのひととき。 躁、孤独な心を癒してくれる あなたに出会ったから。 寝ることも食べることも どうでも良くなり 只管月日を費やした。 音楽を作り続けるだけで 生きていければどんなに幸せか。 でも僕にはまだその力はなくて。 社会で心を抑えながら、 辛うじて失わないように、 ギリギリの状態で、 創作を拠り所にして、 この遣瀬のない気持ちを 吐き出すかのように、 ただ一心不乱に、 泣いている心を代弁するように、 悲哀も憂鬱も嘘偽りなく 等身大のまま、 不安と期待と絶望と希望とを 反復横跳びしながら、 ただそれだけが救いなんだと、 それが僕を形容する 全てなんだと、 ノートに綴った散文詩を 僕の影分身に歌わせていた。 ツギハギだらけの体、 ツギハギだらけの心、 ツギハギだらけの声、 ツギハギだらけの思考、 ツギハギだらけの言葉。 それでも僕は歌うから。 僕が抱えた思いを吐露できるのは この場所だけだから。 もしそれで一人でもこの声に 呼応する誰かがいるなら。 僕はそんな君のために この曲を捧げたい。 でも自分自身の救いさえも 自分が生み出した曲に依拠すること でしか起こせない僕ができるのか、 って彷徨い躊躇い浮遊した。 結局。 差し伸べられた手を取って、 希望だなんだと嘯いて、 あなたの存在を、可能性を、 興奮気味に反芻しても、 僕は目の前で苦しんでいる そのたった1人に対して なんの言葉も分けることができない ただの凡人なんだよ! 苦しくて、辛くて、 現実と理想との差に 打ちひしがれて。 あなたはできてなんで私は、 って比べてさらに落ち込んで。 こんなちっぽけな私に 伝えられる気持ちなんてあるのか、 ってまとまらない頭のままだけど、 これが今の私なんだよ。 たとえ罵倒されてでも 寄り添って生きていたいんだよ。 ねえ、歌ってよ。叫んでよ。 震えてよ。笑ってよ。生きててよ。 強制なんか出来ないよ、 だからこれは君に捧げる 祈りなんだよ。 嘆いてよ。憂いてよ。 拒んでよ。嫌ってよ。愛してよ。 エゴで塗れた僕の感情を 君の「救い」で上書きさせてよ。 ねえ! 歌ってよ。叫んでよ。 笑ってよ。震えてよ。生きててよ。 善も悪もなんもかんもまとめて 僕に全部預けて欲しいんだよ。 だから!! 嘆いてよ。憂いてよ。 拒んでよ。嫌ってよ。愛してよ。 自分のことで精一杯な私が さらけ出した 全てがこの歌なんだよ…