一片の食パンの欠片が 床に落ちるのを 視界に捉えた次の瞬間、 テーブルの上、 食パンの欠片を掴もうと 伸ばした腕の肘のあたりに置かれた 半量ほどの牛乳が入ったグラスが 傾く 肘で突いた感触はほとんど 無いままに 白い液体が 慣性の法則によりその場に 留まろうとする わずかな時間をたしかに感じる しかし間もなく起こるであろう 惨劇についての情景が 心に浮かんだときには その情景を追いかけるように 僅かな遅れを伴いながらも 白い液体はたしかに 透明のグラスが 完全にテーブルに倒れる直前には グラスの縁からその一部が投げ 出され グラスの側面が 完全にテーブルに接触した瞬間には その衝撃で一旦は上方へと 作用するままに身を任せるが 重力に逆らうベクトルは 長続きすることはなく ただ液体としての性質を 全うするがごとく 導かれる方向へと 流れていくのだった テーブルの縁に 留まるのではないかという 淡い期待は その量感からして 不可能であることを悟った瞬間には 既にその先端部は床に迫っており 即ち現実が想像を 追い越してしまったわけだが 気を改めて思考を再開したときには 白い液体を一面に染み込んだ 布の臭気が 想像と呼ぶには生々しく眼前に立ち 昇り うんざりした気持ちを 抑えることに躍起であった