このレコードは作っていて本当に楽しかった」自身13作目となるスタジオ・アルバム『ゲット・アップ』についてブライアン・アダムスは言う。実際、ここでの彼はいつもの陽気さの中に思慮深さを感じさせる表現に比べて、より溌剌とした音を聞かせている。それにはもっともな理由がある。『ゲット・アップ』は芯までロックンロールなのだ。飾り気は無いがそう単純でもない。「革命を起こしたいのか、それとも楽しめればそれでいいのか」 “ザッツ・ロック・アンド・ロール”で彼はそう問いかける。「使い古したVox アンプとおんぼろギブソン、それだけあれば仕事はできる」と歌いながら、自らそれを証明してみせる彼。「僕が作ってきた中で、一番アップなレコードだ」と彼は言う。
とはいえ、ブライアンがどれだけ楽しんだか、は忘れていい。本題は、皆さんが彼の13作目をどれだけ楽しめるか、だから。私に言わせれば、皆さんもきっと大いに楽しめるはずだ。その楽しい時間を、彼は素晴らしい仲間に囲まれて過ごした。彼にとって曲作りの元祖コラボレーターだったジム・ヴァランスと再び手を組み、プロデューサーのジェフ・リンとは新たな絆を得ている。
ジム・ヴァランスは、 ブライアンのキャリアで最も重要な曲をいくつか共作している。“カッツ・ライク・ア・ナイフ”、“想い出のサマー”、“ヘヴン”をして“ラン・トゥ・ユー”他、50曲はあるだろう。彼らの協力関係は90年代の初めに何となく疎遠になっていったのだが、どうやら同じようにまた何となく復活したらしい。
『ゲット・アップ』に向けて曲を書き始めた時はまだ、ブライアンはジェフ・リンと仕事をしたことすらなかった。長年の間に顔を合わせたことはある。最初は80年代、場所はジェフ・リンの故郷であるイングランドのバーミンガムだった。その時は彼がブライアンのショウに足を運んだのだが、新作のきっかけになったのは2014年、ロサンゼルスでの幸先の良い出会いだった。ジェフ・リンがブライアンを自分のスタジオに招いたのだ。しばらくとりとめのない話をした後に、「そろそろお暇しなければ、と感じた」というブライアンにジェフが尋ねた、「ブライアン、そのうち1曲、やってみる気はあるかい?」
「まったく思ってもみなかったことだ」とブライアンは言う。ブライアンには、故バディ・ホリーを思いながら書いた曲(“ユー・ビロング・トゥ・ミー ”)と、もうひとつ、かなりザ・ビートルズ調の曲(“ドント・イーヴン・トライ”)があった。ブライアンの心はビートルズから遠く離れてしまうことがない。もっとも、ジェフ・リンほどそこに接近したこともないのだが。かくして生まれたのが素のままのロックンロール。そこには後期ビートルズの音楽に感じられたようなバランス感覚と多様さ…単純な喜びの精神を失うことなく複雑な陰影を持つ…がある。
オーストラリア・ツアーを終えたブライアンがLAに戻った時には「その曲はほぼ完成していた」と、ブライアンは言う。「予想外だった。彼が自分でベースを弾き、ドラムを叩いて、ギターも足してくれていたんだ。それから少ししてLAで落ち合い、一緒にアコースティック・ギターをいくらか追加した。数日後、彼がミックスを送ってくれたんだが、僕は完全にひれ伏したよ」
彼らの作業の進め方は、ブライアンがツアー先で作ったデモ(といってもかなりの力作な場合もあり、彼のアルバム『ルーム・サービス』はほぼ全面的にホテルの部屋を渡り歩きながら作られた)という形で曲を送り、そこにジェフ・リンが手を加えたり、必要だと思えばあれこれ入れ替えたり、というものだった。「遥かに良くなって戻って来る傾向があった。自分で練り上げきれていなかったものも、彼が仕上げてくれていたんだ。ヴォーカルと絡んだ時のギターの響き具合は特にそう」 そして、このアルバムの核は、言うまでもなくギターと絡んだ時のブライアンのヴォーカルの響きだ。それもあって、“ドント・イーヴン・トライ”が『ラバー・ソウル』のアウトテイクに聴こえるという比較が文句無しに成り立つ。
ブライアン・アダムスは、ポップスの物差しで測れば大変な長い時間をかけて自身のアートに、そしてその技巧に取り組んできたことになり、その間ずっと、驚くほどの一貫性を見せてきた。「ここまでギター主導の音が今の世の中に通じるのかどうか自分でもわからないが、ひとつ言えるのは、これが本物のギターとベースとドラムの音を愛する人たちのための本物のレコードだ、ということさ」 つまり、不安は無い、ということだ。そして彼は座右の銘のように続ける: 「常に自分に対してとことん誠実なレコードを作りたいと思ってやってきた」
これほどロックンロールなことはあるまい。
『ゲット・アップ』も、そういうアルバムだ。
(デイヴ・マーシュ著)
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