“ ビビと海底の友だち ”
《もくじ》
物語の扉 | The Beatles / "In My Life"
海底への転落と驚き | Enya / "Orinoco Flow"
ノーチラス号での目覚め |
Simon & Garfunkel / "The Sound of Silence"
ユウユとの出会い | Owl City / "Good Time"
ネモ船長と大いなる探検 | Coldplay / "Adventure of a Lifetime"
友情の秘密と温かさ | Ben E. King / "Stand by Me"
夢から覚めて | Elton John / “All Quiet on the Western Front”
秘密の共有と新しい始まり | OneRepublic / "Counting Stars"
『ビビと海底の友だち』
ビビは、小さな町に住む六歳の男の子。
お父さんが営む古い本屋の奥で育ったせいか、本はいつのまにかビビの一番の宝物になっていた。
学校が終わると、ランドセルを置くより先に図書館へ向かい、いつもの窓ぎわの席にそっと座って、物語へ飛び込むのが日課だった。
その日、ビビはずっと順番を待っていた人気の本『海底二万里』をようやく借りることができた。
胸がどきどきして、息が少しだけ早くなる。
ページをそっと開いた――その瞬間、ザブーン!
まるで海がページの中からあふれ出すみたいに、しょっぱい潮の香りがふわっと広がった。
気がつくと、ビビは冷たい海風が頬をなでるアブラハム・リンカーン号の甲板に立っていた。
船の上では大人たちが大きな声で叫んでいる。
「怪物を追え! 進路そのまま!」
黒い海の向こうで、巨大な影がゆっくり動いていた。
ビビが身をのり出したとき、海がごうっと割れて鉄の怪物――ノーチラス号が姿を見せた。
次の瞬間、船が大きく揺れて海水がどっと流れ込み、ビビの足元がふっと消えた。
水のなかへ押しこまれるように沈み、視界はだんだん暗くなっていった。
――そして。
ビビは青い光に包まれていた。
柔らかいベッド。ゆれる天井。
窓の外では、赤や青、きいろの魚がゆったり泳いでいる。
ここは…海の底?
胸がじんわり温かくなり、ビビは何度も瞬きした。
そのとき、扉が少しだけ開き、ビビと同じくらいの歳の女の子が顔をのぞかせた。
「おきた? わたし、ユウユっていうの。
ほら、船長さんが海藻スープ作って待ってるよ」
ユウユの声は、潮風みたいにやわらかかった。
手をひかれて歩く船内は金属の響きが心地よく、光る計器が生きもののように、ぴかり、ぴかりと息をしているみたいだった。
船長室には、大きなひげの男が静かに座っていた。
「私はネモ。このノーチラス号の船長だ。よく来てくれたね」
その声は深くて、海の底のように包みこむ響きだった。
ビビは胸がほわっと熱くなった。
「ぼく、海がだいすきなんです。もっと、いろんなことを知りたいです!」
ネモ船長はおだやかに笑い、船内を案内してくれた。
海藻で電気を作る発電室。
海中プランクトンで、
なんでも作れてしまうという。
そして、クラーケンと戦った日のこと。
どの話も景色も、ビビの心をやさしく震わせた。
ユウユは、ときどきはにかむように笑って、
「ここ、わたしのお気に入りなんだ」と耳うちしてくれた。
ビビは思った――この子と友だちになれたら、どんなに楽しいだろう。
そのとき、肩を「トントン」とたたく感触がした。
振り返ると、図書館の司書さんが立っていた。
「ビビくん、もう閉館だよ」
ビビは目をぱちりと開いた。
気づけば本は膝の上にそっと閉じられたまま。窓からは夕日が差し込んでいる。
夢かどうか、よくわからないままビビは本を返却し、ゆっくり家へ向かった。
次の日の朝。
教室に先生の声が響いた。
「今日から、新しいお友だちが来ますよ」
みんながそわそわする中、扉が開く。
入ってきたのは、小さな女の子。
髪をふわりと結んだ、やさしい目をした子。
「ユウユです。この町に引っ越してきました。よろしくお願いします」
ビビとユウユは、同時に目を丸くした。
胸がどきん、と跳ねあがる。
立ち上がって互いに指さす。
「「あっ!やっぱり! !ノーチラス号の!!!」」
教室がしん…と静まったあと、どっと笑いが広がった。
でもビビとユウユの胸には、あの青い光と同じ温かさが残っていた。
それが夢だったのかどうかなんて、もうどっちでもよかった。
二人のあいだには、ひとつの“秘密の冒険”がしっかり積み重なっていたのだから。
ビビは思う。
きっとこれから、もっとすごいことが待っている。
そんな予感を胸に、ビビはそっとユウユの座る席を見つめた。
おわり
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