高校3年生の冬 1月15日 祝日 成人の日 そしてあの日はたしか センター試験の当日だったんだと 思う 幼い時から ずっと一緒に暮らしてきた おばあちゃんが死んだ 進学も就職も 何も決めていなかった僕は 息を引き取った病院の近く、 冷たい北風の吹く砂浜に座って 「今頃みんな 受験がんばってんのかな・・」 なんてぼんやりと考えながら 青く晴れ渡って ちょっとだけ春の気配のする 冷たく澄んだ空を眺めていた 防砂林の向こうでは 車の行き交う音 クラクションが響き渡り 向こう岸の工業地帯からは 相変わらず煙が立ち昇っている いつもと同じような一日が 誰かにとって特別な 日になることがある ということを、 初めて知った日だった あれは 小学校高学年くらいだったある 日のこと おばあちゃんが死んだ夢を見た 家族で食卓を囲んでいる お父さん お母さん 弟 一人少ない静かな食卓だった 隣の暗い応接間にはおばあちゃんが 居る もう息を引き取って 二度と動くことのない おばあちゃんが居る そんな吸い込まれそうな暗い 隣の部屋の奥から もう二度と動くことのないはずの おばあちゃんが おばけになって現れて 僕に話しかけてきた 僕はびっくりして 怖くて 恐ろしくなって 近づいてくる おばあちゃんから 逃げた 「なおちゃん、起きなさい。 朝ですよ」 元気なおばあちゃんの声で 夢から醒めた僕は 最初はひどく戸惑い 怯え、 それからだんだんと落ち着いて、 ほっと安心したのを憶えている じつは その後ずっと こんな夢を見てしまったことに 後ろめたい気持ちを抱えていた 高校3年生の冬 あの日と同じその部屋で 本当におばあちゃんの亡骸を 見つめている あの日の夢を思い出して 「おばけでもいいから もう一度おばあちゃんに会いたい。 おばあちゃんのおばけだったら 全然怖くないや」って 本気でそう思えたそのとき 初めて声を上げて泣いた