停泊。 意図せざる航海、停泊。 1619年、 オランダ船ホワイトライオン号が、 バージニア、 ジェームズタウンに到着。 アメリカ初となる黒人奴隷が、 乾いた土を踏みしめた。 意図せざる航海、停泊。 1886年、英国船ノルマントン号が、 紀州沖で座礁、沈没。 英国籍の船員たちは救命ボートを 使用し難を逃れたが、 日本人乗客25名は全員死んだ。 船長は「英語が解らなかったため」 と説明。 意図せざる航海、停泊。 1944年、祖父、南方戦線へ。 トラック島で戦火にさらされた後、 サイパンでマラリアに罹患。 玉砕寸前で軍務を解かれ、 病院船に詰め込まれて祖国の土を 踏んだ。 その頃、 あなたのハルモニが 朝鮮半島からやって来た。 着の身着のままで。 まだとても若く、美しかった。 意図せざる航海、停泊。 1991年、漁船が揺れるソマリア沖。 内戦で中央政府は失われ、 軍部と米国企業が 放射性物質の混ざった 産業廃棄物を、 海中に注ぎ込んだ。 漁民たちは銃を取り、 漁船は海賊船に変わった。 2009年、米国のコンテナ船、 マースク・アラバマ号がソマリア 海賊に襲われ、 米第5艦隊司令部は、 駆逐艦を動かした。 交戦の末に捕らえられた 一味の少年が18歳なのか、 15歳なのかが、 裁判の焦点となった。 意図せざる航海、停泊。 2011年、陸前高田。 いつもの入江から沖へと出てゆく 舟は、老いた父を乗せて。 春の訪れをまだ遠くに感じながら、 それでも波は優しげに、 船底を撫ぜ、 ほんの少しだけ、舳先を空に、 近づけた。 2015年、 ゴムボートの上で寄り添う小さな 家族。 シリアの戦火を逃れ、エジプト、 トルコ、ギリシャを経由し、 ヨーロッパの中心を目指す。 本当に辿り着けるか。 その国の人々は、 私たちを受け入れるだろうか。 意図せざる航海、停泊。 2020年、 ダイヤモンドプリンセス号。 壮麗な大型クルーズ船。 香港で下船した1人の乗客が Covid-19 に感染。 約3700人が横浜の海上にて 長期の検疫体制に置かれ、 うち700人に感染が広がった。 意図せざる航海、停泊。 2021年、東京湾フェリー。 闘病中の犬を連れて、 横須賀から南房総へ。 全員そろった最後の家族旅行。 海風が、 茶色い巻き毛を揺らしていた。 意図せざる航海、停泊。 2022年、ロシアによる、 ウクライナ侵攻。 キエフ、ケルソン、ドネツク、 チェルノブイリ、 クリミア半島から港湾都市 マリウポリ、 ハリコフ、オデッサ、ヘルソン、 そしてザポロジエ原子力発電所。 火の手。 意図せざる航海、停泊。 同年、 ゆらゆらと浮かぶ クレートの中には、黒毛の子犬が。 商用のために繁殖され、売られ、 すぐに捨てられた。 酷使された子宮から、 泥砂のように生まれた。 この子の意志とは関係なく。 なのにどうしてこんなにも、 瞳を輝かせて。 意図せざる航海、停泊。