度の合わない眼鏡をして出かけた朝 春先の靄を透かし 駅前のロータリーを見渡すと 街の下にいくつもの街の亡霊が 薄いフィルムのように折り 重なっていることに気がつく やつらはひたひた と足音を殺して うらめしくはない ただ渇いた心で 頭上に重なる薄いブルーの街の層を 透かし 東京の空を飛ぶ旅客機を見ている 薬局の角を曲がり 地下鉄へ続く階段を降りようとした その時 応永28年日比谷の湿地帯を 赤坂方面へ向かう亡霊に遭ひし事 彼は都に年老いた母親と 妻と子を残し たったひとりで未開の東国を 彷徨っている しのつく葦の葉を掻き分けながら 小舟を進め 打ち捨てられた道祖神の脇 改札口を抜ける その時 昭和44年小雨の降る神楽坂を 高田馬場に住む恋人のアパートへ 急ぐ亡霊に遭ひし事 すれ違いざま 波打つアスファルトにつまづき 転びそうになる その瞬間 鼻の先に見えたのは 令和2年初夏の日差しの中を進む ポンプフューリーのソールの裏 亡霊に逢ひし事 G.H.O.S.T. ゴーストに遭ひし事 平成22年 夕暮れの水道道路を中野方面へ 向かう亡霊に遭ひし事 落ち窪んだ瞳 鋭い眼光で前方を睨みながら 時おり天体の運動を 観測でもするように空を仰ぐ が こちらからの視線には全く 気がついていない ふと立ち止まり後ろを振り 返ってみると 幾重にも折り重なる街で けして互いに干渉し合うことなく それぞれの路地へ消えていく 亡霊に逢ひし事 夕暮れのせまる笹塚 前後不覚に酔っぱらっている 亡霊に遭ひし事 仲間とはぐれひとり 早朝の新宿のガードレールに 座っている亡霊に遭ひし事 ありとあらゆる路地 交差点 暗渠 高架 トンネル 歩道橋で 亡霊に逢ひし事 G.H.O.S.T. ゴーストに遭ひし事 亡霊に逢ひし事