東京で 愛媛で 熊本で ロンドンで 私は こんな夢を見た 枕元で 船の上で 広い土間で 青田の畦道で 私は こんな夢を見た 「百年待っていてください」と かすかに聴こえた女の声 「待っている」とだけ応えたら すでに女は息絶えていた 赤い陽が出て 夜に沈んで また出ては すぐに忘れて 「百年」の到来を知らせたのは 真っ白な百合と 暁の星 甲板にそそり立つ喧騒 この船の行く果ては最早、 誰もが知り得ず 今日も陸(おか)を見ることは 叶わず 帆先からは幾らか近い水平線を 横目に 命を、突き放している 舳先(へさき)を蹴った、その中空 風は裂け 潮は闇 顕わになる喉仏の流線形 海とは決して 母などではなかった 東京で 愛媛で 熊本で ロンドンで 私は こんな夢を見た 枕元で 船の上で 広い土間で 青田の畦道で 私は こんな夢を見た 俺が女を攫ったんじゃない、 女が俺を攫ったのさ。 絶壁(きりぎし)の天辺。 水蜜桃ならまだしも、 数万匹の豚ども。 勘弁しとくれ、 とステッキで打ちのめす。 崖下(がいか)に転げ落ちた 豚どもの行軍、 七日六晩も途切れず。 ついぞ豚にさえ舐められちまった 俺の名前こそ庄太郎。 パナマ帽に愛されたかった男。 眼の潰れた坊主をおぶって 青田青田の畦道を歩いて 鷺が鳴き 二股を抜けると 背中の坊主がつぶやいた 「ちょうどこんな晩だったな」 そうだ「その杉の根の処」で ちょうど今から百年前に おれはこの子を殺したのだった 世の中が何となくざわつき始めた。 今にも戦争が起りそうに見える。 焼け出された裸馬が、夜昼となく、 屋敷の周囲を暴れ廻ると、 それを夜昼となく足軽共が 犇きながら追かけているような 心持がする。
