息苦しゐわ。 私は時代を彩る大スタア 小粋な仕草の奥に隠して居る 本当の私 可愛い私は赤ひ花 此の世で一番美しひ 山茶花の唄で 一躍スタアとなった歌手三越千鶴を 知らない人は居ないでせう 彼女の美貌と歌声を目当てに 鶯劇場は連日の超満員で御座います 花盛りな私は何時も 馬鹿なふりして歌つて居るの 街中を歩けば押し寄せる人 ハヰカラな曲は軒並みのヒット 富と名声が有り余る暮らし 仮初の私 レコード廻り出し 嘘が流るゝ蓄音機 嗚呼、無情… 虚像に集ふ有象無象 此の声は好きぢや無ゐし 男勝りな背丈も恥ずかしくて 目も鼻も…と指折り数ゑるの 此の氣持ちは誰も解つて紅でせう 山茶花が散る迄 三越千鶴よ今日も唄ゑ 鶯劇場は満員御礼 息苦しゐわ。 誰もが羨む憂鬱な大スタア 嘘で咲き誇つた 偽物の私ぢや生きて行けなゐ 「まぁ! 今日もこんなに沢山のお客さんが 私に逢ゐに 来てくださるなんてねぇ。 皆様の前で歌ふ事が出来て 私は本当にねえ 幸せ者で御座ゐますわ」 ひらり花弁散る様に 真赤な嘘が剥がれ落ちる 私、戀も知らぬ初心なガアル。 幕が上がり舞台で独り 愛想笑ゐの華咲かす 椿の花の蕾を 見過ごし生きるのが如何も辛くて 三越千鶴は情緒不安定 鶯劇場はまた満員 綻ぶ取り繕つた毎日 自己嫌悪見せ掛けの自惚れが 変ゑて逝く 本当の私を悪に 御願ゐ。誰か氣付いてよ 喝采 一才合切 要らなゐわ 嫌ひ嫌ひ嫌ひ の花占い 粋苦しゐわ。 私らしく無ひ貴方が大嫌ゐ 山茶花時雨が最後の花弁と 幕を落とすの 真紅に色付く唇の かはいゝ私は山茶花サ 飾らぬまゝ 居たゐと憂ゐし惨めな大スタア 全てを捨てても幸せは掴めなゐ 生き苦しゐわ! 其れでもいゝわ。 私は私の華を咲かすのよ 散るは美し自分を慈しみ 三越千鶴にさやうなら 椿が咲ゐた。 鶯劇場に本当の私 苦しゐ命を愛して逝くのです 花首から朽ち果てる迄