外で夜ごはんを食べ終え 玄関で息子を バギーからおろそうとすると まだ帰りたくないのか? 「ちがう ちがう」と駄々をこね始めた 急に決まった外食だが 息子なりに楽しんでくれていたって 事実がうれしく じゃあ もう少しだけあそぼうか?と 公園まで 「いいか? 今日は特別やで? 夜っておもしろいやろ? ほら見て ぜーんぶに色ついてないで 今頃帰っていたはずやのに すごいな 自分で未来を変えたな…」 予定外の散歩道で浴びる夜風は 昔のある出来事を想起させた 認知症を患い始めたおじいちゃんが 失踪した いつかのあの夜だ 母親の後ろについて歩く 夜道を歩ける経験がたのしく 焦る大人達とは対照的に 兄妹三人はキャッキャ キャッキャとはしゃいでいた どこを 探してもいなかったおじいちゃんは よく知らない空き地に座り込み そこを離れようとせず 「ええ月やろ」 「ええ月やろ」と繰り返していた 大人達を散々困らせた挙げ句 のんきに 月の話をしてるおじいちゃんがおも しろく しばらく兄妹の中で 「ええ月やろ」 というフレーズが流行したぐらいだ おじいちゃんはいつも ニコニコしてた 遺影の写真も最高の笑顔だ あの空き地には今は車屋が建ち あの日父を探してた 父はおじいちゃんだ あの夜 三人とも不思議に思いながら 何となく怖くて 口にしなかったことがある おじいちゃんが指さす先には 月なんてなかったのだ 「最後もう一回ジャンプしたら 終わりな え うそ そんな高さから跳べんの? わかった じゃあちゃんと支えるから おいで わーすごい」 その勢いのまま息子を抱き上げ 二人の顔の正面 上空にきれいな月 「ほら見て あそこに光ってるのが見えるやろ? あれが月 つき」 下の部分だけが明るい 寝っ転がったような三日月が いつもより遠い距離感で こちらに微笑みかけるようにして 光り輝いていた もしかすると あの日のおじいちゃんには この月が見えていたのかもしれない ひ孫と孫にもちゃんと見えたよ 「ほんまやね ええ月やね」